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IMUGE.協議会趣意書

 島嶼県沖縄には、160もの島々が点在しており、長い歴史の中において、沖縄本島内での各地域や各島々では、独自の文化・言語(方言等)・風習が息づいてきました。

 

 1605年に救荒作物として、甘藷が琉球にもたらされ、1623年にサトウキビからの黒糖の製造方法が伝わると、庶民の生活は一変し、各地域で甘藷は主食として重宝され、黒糖は琉球の基幹産業の一つとして変遷してきました。

 庶民の生活が慎ましいながらも安定していく事で、歌や踊りの文化が花開き、酒文化もまた、多様な酒類の開発という側面をもって、県民の日常を彩ってきました。その酒類において、庶民の知恵として生まれたであろうお酒が、雑穀と甘藷と黒糖で造るIMUGE.でありました。

時代は流れ、甘藷を主食する事はなくなり、黒糖の甘味としての需要も変容しIMUGE.もまた、酒税法の制定により次第に姿を消してきました。

 現代の沖縄は、戦後より連綿と続く沖縄振興計画によって県民生活は確実に向上し、県内入域観光客数も増加。Iターンも含めた人口増加というプラスの側面が大いに感じられる時代に突入してきました。

 

 しかしながら、県の労働人口分配率は、第三次産業へと収斂しており都市集中型の経済構造となってきております。

各離島や沖縄本島内の各地域において、基幹産業である農業の担い手不足は、農業従事者特有の課題と考えるのではなく、我々酒類製造業も含めた第二次産業従事者と共に乗り越えるべき課題だと考えます。

沖縄の悠久の歴史に埋もれ一度途絶えた酒類文化「IMUGE.」が、次代の6次化産業の核心となって、農業従事者と酒類製造業者との紐帯となるべく我々はここにIMUGE.推進協議会を設立するに至りました。

令和3年11月5日

設立代表者 漢那憲隆